先日、三宅一生の講演会を聞きに行ってきました。
何しろ、京都賞以来の講演、そして、めったに聞けるものではありません。
ロレアル賞連続ワークショップ(10年間やって今年が最後なんだって!)の第1回で、
「三宅一生、未来への初心を語る」という題で行われました。
聞き手である、小林康夫さんという人が、どうも三宅一生を神格化しすぎて、
いかに三宅一生がすごいか、という、長時間にわたる前ふり、
イッセイミヤケの歴史の映像、じらしてじらして、ようやく本人登場という
残念なところもありましたが、大変貴重なお話でした。
明るい、清潔、さわやか、な三宅一生のイメージだったので、
「ビートルズよりジミヘン」
「僕の原点は刺青なんです。」
とおっしゃっていたのは、非常に意外でした。
「変な噂がたちましてね。三宅がいったら、ゴミ箱を見せろ、と…」
彼は世界各国を旅している。そして、色々な服を見る。
ゴミ箱をあさる。服の失敗作を見つける。
どうも、そこから色々なアイディアが出てくるようだ。
世界各国をまわり、さまざまな服を見て、「一枚の布」というコンセプトにたどり着く。
そんな彼。非常に面白いのが、次の言葉である。
「僕が行くところには、必ず事件が起こるんです。
45年の広島原爆、68年のパリ。石を投げている傍まで行きました。
そして、82年の天安門、911のニューヨーク。
911の翌日には、あのビルの隣に新しい店舗をオープンさせようと準備していました。」
いまや、彼の存在、そして、ミヤケイッセイそのものが”事件”であり、”革命(APOC)”である。
次々と新しいことをやってのけるそんな彼だが、
彼の大切にしていることは、「なまける精神」だそうな。
そして今回は、お話だけではなく、新作のデモもありました。
スタッフの人が絨毯を広げるように一枚の布を縦にして広げていく。
そして、三宅さん自身が、その布の表面を「あれ、うまく破れないや。。。」
とか言いながら、切り裂く。
出てきたのは、服。それを取り出して、モデルにスポンとかぶせる。
観客一同、度肝抜く。
本当に素晴らしい、というかまさに、あっけにとられます。
質疑応答の時間に、彼にぜひ質問をしようと身構えてたのだが、
講演後、質疑応答なしで終了で、控え室に、という流れで、
がーーーーーーーーーーんって思いました。
ところが、彼がひょっこり出てきて、スタッフの人と話しているのを、私は見逃しはしませんでした。
近づいていくと、彼のほうから「こんにちはー」と話しかけてきてくださいました。
私が質問をしたのは、服の著作権について、でしたが、
彼曰く、
「あんまり難しく考えないほうがいいと思いますよー。
名前を出しているのは、最初に出した責任があるからで、
あとは好きにやってくれたらいいと思うんだよね。」
もっと色々聞きたかったのですが、いつのまにか私の後ろに質問の長蛇の列、
そして、「先生、素敵でしょー!みてみてー!」とわめく、イッセイミヤケを着たファンの方々
がいらっしゃったのでやめておきました。また機会はあるでしょう。
私にとっても三宅一生っていうのはまさに”神”的存在でした。
けれど、話を聞いているうちに、もう、なんというか非常に彼は人間臭いというか、
服のことをとかそんなの忘れて、普通にお話したい、
って思うくらい人間味あふれた、非常に面白い人でした。
いや~、すごかった。
私も、もう後には引けなくなってきたな。。。